「親日」とか言ってしまうと事態を単純化してしまうかもしれない。台湾においては、「親日」「反日」「親中」「反中」が複雑に散りばめられている。散りばめられている、という表現で意味したいのは、それらの要素が理論的に相互作用するというよりは、バラバラなまま共存しているイメージなのだ。文化的にも、ある家族の中にも、そして一人の人間の中にも。
そのことを断ったうえで、最近、「親日」的な要素が人々の意識の表面に浮き出てきて、可視化され始めたような気がするのだ。
きっかけはたぶん、2014年3月18日に始まった、学生たちによる立法院占拠だろう。(いろんな名称があるようだが、いわゆる「318ヒマワリ学運」)
この事件で、「反中」が強烈にクローズアップされた。なんとなく「親中」だったような人までが、この件に関しては「反中」側にあった。その裏返しの現象として、「親日」が出てきた感じだ。
面白いのは、日本統治時代の台湾を懐かしむ記事がFBに流され、多くの台湾人たちがそれを共有していったということ。
「日本治台50年史実記録──失われた日本治台50年の歴史を探し求めて」というグループがFBに作られて、現在メンバーは6945人。『国家地理雑誌』などの権威ある研究書?からの引用も多く、また当時の写真も多く、日本統治時代のことを知るためのとてもいい資料庫になっている。加えて、それに対するコメントから、現在の台湾人たちが、日本統治時代をどう捉えているのか、そのいくつかのピースを知ることができる。
中国が台湾を統合しようとしたときに、もう70年以上も前に終わった日本統治時代を回顧する動きがでてきたということなのか。
「反中」と「親日」のシーソーのようなその動きの影で、日本統治時代の苦い思い出もまた、日の当たらぬところでひっそりと生きながらえていることもまた心に留めておかないといけないだろう。
「日本統治時代の苦い思い出」を私は予測したのだが、最近見かけたのは、「南京大虐殺のことも忘れてはいけない」という書き込みだった。戦後の教育もあり、南京大虐殺の話は、台湾人たちの間にも深く浸透しているようだ。