「<公式>病」──思考停止に陥る子ども

重症です。が、親は気づいていません。

母親の思考パターンの脆弱な部分が凝縮されて子どもの思考パターンを形作ってる──このように感じるケースがしばしば見受けられます。

今回は、「<公式>病」と名付けられるかもしれません。国語にしろ数学にしろ、何かしら<公式>という装置に問題を放り込めば、チン!と答えが出てくるようなイメージでしょうか。

本もよく読み、英語もできるしっかりした母親。自らも向上心を持ち学び続ける女性である。

中学生の娘は、初めて私のところに来たころは、目がうつろで、何を聞いても反応がなく、洟も垂れっぱなしで、話しかけてもちゃんとコミュニケーションが成立しているのかさえ危ぶまれる感じ。

課題には、時間をかけて真面目に取り組む。しかし、内容を把握したり、へぇ、と思って取り組むという位相は見られない。

ファンタジー系の文章を書かせれば、割と表現豊かに書いてくる。絵本や児童書を、母親と一緒にたくさん読んできたんだろうと窺える。

課題には真面目に取り組む一方で、課題の指示を勘違いして、そのまま書くこともしばしば。やはりコミュニケーションがあまりうまく成立していないよう。

最近は、私にも慣れてきてくれたのか、はたまた脳が少し活性化してきたのか、単に成長したのか、表情も出てきて、反応もややよくなってきた。

もともと作文の教室に来てくれてたのだが、数学の成績がガタ落ちしてしまったことから、短期個人レッスンに切り替えることにして、親子面接を行う。どうしてこのような脳の働きになってしまったのか?というのを探らねば、なかなか解決策も出てこない。

いろいろ話す中で、これかな?と思う節があった。

「先生、田の字表ってご存知ですか?」と。私は知らなかったので、簡単に説明してくれた。それで、その表をマスターした娘は、何でもかんでもその表で解くようになったのだが、その表で解ききれない問題に突き当たってしまった・・・

これが伏線。

そして、数学を実際に教え始めたとき、簡単な文章題で、速さと時間と道のりの関係がでてきた。x や y を使って関係を式で表しなさいという問題。そのとき、あまりはっきりものを言わない彼女がはっきりと「これの公式は何ですか?」と聞いてきたのだ。

え? こんな簡単なことに公式? こんな簡単な問題、ちょっと考えればおのずとわかるじゃん!と私は驚いたのです。

で、あー、これかな、と思ったのです。パターン学習にも程がある、と言いますか、塾などで徹底されるパターン学習は、もちっと異なるレベルでのパターン習得で、こんなにも単純なパターンで学習をこなしていこうとする姿勢に驚かされました。

まだよくわからない部分がありますが、彼女が自分で考えようとすると、目の前に公式のカードを並べて、「さぁ、どれを使うの? それじゃないでしょ!」と迫られて萎縮してしまう──こんなイメージでしょうか。

必要な公式、定理はあるでしょう。けど、田の字表が小学生・中学生にとって必要なものだとはどうしても思えません。ある程度自力で解けるようになってから、情報をこう整理すると解きやすいね! というアプローチならいいと思うんです。

また、必要な公式などは、それをうまく使って問題を解く、ということが求められるわけで、やはりそこからは頭をどうしても使わないといけません。(どのように頭を使うのか、というところに、ある程度のパターンができてきます。)

迎えに来た母親に、「今日はちょっと頭を使いましたよ。まずは公式などに頼らずに、求められてる答えまで何とか自力で辿り着こうとする意気込みが必要ですね」と告げると、期待外れのコメントだったのか、少しキョトンとされたようでした。

思考パターンを変えるというのは大変なことです。親がそれまで彼女の中に凝縮し続けてきたものを、解体していくことですから・・・

カテゴリー: 教育 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

This site uses Akismet to reduce spam. Learn how your comment data is processed.