明るくのびやかで、周囲への配慮もきちんとできる中1の女の子。いろんなことを自分の感覚にきちんと落とし込んで理解しようとする「地」のしっかりした子。
しかし、この子もまた学習の問題を抱えている。とにかく覚えることができない。覚える、と考えただけで、ひどい苦痛を感じるようなのだ。
月3回、各1時間の多読のレッスンで、効果をあげるためには、多少なりとも時間内にやったことを記憶とどめて積み重ねていくことが必要になる。そのために、簡単な宿題を出すようにもしている。
ORTシリーズでは、1+~3 のグレードは、基本的な動詞や副詞などを感覚的に理解できるようになっている。現在形、過去形も、感覚的に理解しやすくなっている。
なので、中学生にも、この部分にはじっくりと取り組んでもらい、基本語の概念をしっかり固めた上で、いよいよ「多読」へと進んでいく。つまり、基本語の基礎がしっかりでき、ある程度の語彙も蓄積されれば、グレード4あたりからは細かいことは気にせずにどんどんと読んでいってもらうことができるのだ。
したがって、グレード1+~3では、そういった基本語をしっかりと記憶に引っ掛けていかなければならない。そのために、個人差はあるが、6冊に1冊くらいはその場ですぐに暗記してもらったり、宿題に出して覚えてきてもらったりしている。
でも、この中1の女の子はそれができない。
あまり苦痛を感じさせるのもどうかと思っていたのだが、先日「覚えられない(漢字や社会なども)」という相談を本人から受け、やはり、これは乗り越えていかなければいけないのだと、私も腹をくくった。
たったお54語からなる1冊の絵本。しかも、同じ言い回しが繰り返し使われている。それでもなかなか覚えられない。同じ言い回しが使われているので、登場する順番をまず整理して、「絵」を頭に入れていってやる──といっても、これもどうやらあまり成功していない感じだったが。
で、一度時間を切って、じゃぁ、言ってみようか、と暗記チェック。忘れている部分は助け舟を出しながら、とにかく最後までいく。
戸惑い、不安、混乱──といった表情。
もう一度内容を一文一文いっしょに確認し、じゃぁ、もう一度覚えてみよう、と言って、時間を与える。
眉間のしわが少し伸びて、目に力が宿ってきた。けど、ひどく苦痛──といった表情。
そして暗記チェック。助け舟を出しながら、ではあるが、1度目よりはできたので、手を叩いて褒めてやる。
けど、表情はさえない。
疲れ切った、とか敗北とかいった表情。
「がんばったねぇ。つらい?」
と気持ちを拾ってやると、ついに涙を落してしまった。そして「つらい」って。
もしかしたら、脳に何かしら医学的に明確な障害があるのかもしれない。親が私に伝えていないだけかもしれない。
だとしても、使える部分をしっかりと鍛えていってやるのが私の使命であるし、子どもがこれから少なくとも学校社会をサバイブしていくためには必要なこと。本人も必要と感じているのなら、がんばってくれるでしょう。鍛えれば、きっとある程度までは伸びていくでしょう。私もしっかり伴走しましょう。
彼女、小学校では、成績なそこそこよかったらしいが、中学になって、国語など激落ちしているようなのだ。(これもひとつのパターン)
漢字を覚えるという「作業」、そして、気持ちの読み取りといった、言語というよりは文化依存型の小学校の国語から、やや論理的読解が必要とされ、また抽象度の高い内容が増えてくる中学校の国語への移行は、ある生徒には非常に戸惑いの多いものになるようだ。同じようにまじめにやっていても点数が取れない、点数が取れない理由もわからないし、そんな悪い点数を受け入れることもできない。それで、苦しむ。
さきほど「パターン」という言葉を私は使ったが、これは小学校の学習の欠陥なのだと思う。
言語能力を、小学校できちんと鍛えないと、脳は果てしなく動かなくなってしまうようだ。
言語能力は、国語のためだけではない。それは、あらゆる情報を整理し、理解し、自分をとりまく世界のイメージを構成していく能力なのだ。自分自身の存在、アイデンティティ、自己肯定感を創り出す能力でもある。
漢字を覚えるのが「作業」になってしまうというのが、欠陥の主な理由かもしれない。どうすればいいのかわからないが、とにかく、もっと脳を活性化させる工夫が必要だと切に思う。
短い文章を瞬時に覚えるということ。この子にとってはそれがそういった世界へと進んでいく第一歩になるのだと思う。